初めて私が『小説もどき』を書き始めたのは中学2年生の頃。
前にもこのブログに記載した通り自宅に通信販売で父親が買ったウィンドウズのノートパソコンを借りて毎日没頭するように書いていた。
柏の昔あった新星堂書店に立ち寄った際に本屋を何気なく回っていたら一冊の本が目に止まった。
可愛らしいキャラクターが銃を持って背景には抽象画のような模様があった。
人目でその絵に惹かれた。
最初はそれだけだった。
話は遠回りになりるがゲーム三昧していた学生時代、部活よりもゲームに時間を割いていた。
幼少の頃から沢山のタイトルをプレイしていた私は中学生の頃『サモンナイト』というゲームに熱中していた。
可愛らしいイラストに相反して非常に重たいストーリーであり、スクエアエニックスや任天堂、セガなどが王道の中(私の個人的な見解)バンダイが出していたこのゲームは異色の個性があった。
今で言うサウンドノベルゲームに更にタクティクス(チェスのようにステージにキャラ配置して駒のように動かしていくシステム)を合わせたのが画期的だった。
都月狩のストーリー、飯塚武史のキャラデザイン。
私はキャラクターたちの個性や緊張感あるキャストのボイス、何より当日コミックイラストを生業にしようと夢見ていたこともありどうにもこのキャラクターたちが愛おしくて仕方なかった。
現実は絶望的なまで日々苦しく。
ゲームをするのはそのままファンタジーの世界に行ける気がして辛いことから逃げる手段だった。
それだけが救いだった。
話を元に戻すがたまたま目に止まった絵はあのサモンナイトのキャラデザインをしていた飯塚武史の別名義『黒星紅白』という名前だと後に知った。
表紙で興味が湧いた私はプロローグではキノと言う旅人が喋るモトラドのエルメスと夜の森に焚き火をして会話する「森の中で」確かそんなタイトルだった。
そこで主人公キノはこう言ったニュアンスの事をエルメスに言う。
「僕はね、時々自分が物凄く醜くて矮小に思えるんだ」
この台詞に私は自分に投影して強く共感した。
人はどこまでも醜い。
争うし、虐げるし、人の苦痛はわかり得ない。
私自身、虐めにあっていたので人間の負の部分は絶望するまでになるまで見せつけられた。
この一文にが腑に落ちて「人は醜い」と思った。
ただこのライトノベル小説、電撃文庫『キノの旅』はそこで終わらない。
「世界は美しくなんかない、それ故に美しい」として、人の温かさ愚かさ、優しさ、醜さ。
それらを全て持ち得ているのが人間だと私は解釈した。
これこそ人間愛の究極の賛美だと感じた。
絶望の中私は希望を与えられたような気がして、著者である時雨沢恵一氏を真似て書き始めたのが、私をのちに同人物書きの端くれと自称するきっかけだった。
あれから22年、未だに私は小説を書き続けている。
思えばあれが私が小説を書き始めたきっかけだったなと思う。
あの日の新星堂書店でキノの旅を買ったのは間違いなく私の人生の岐路だった。
そんな事を思い出したので書き連ねた。