「灯には足りないものがあると思う」
休日のおんぼろアパート、部屋の中で長髪の女子、明子(めいこ)が急にピシャリと言った。
日付は十二月二十五日土曜日、クリスマス真っ只中といったところだった。
白けたような目で見つめるのは短髪のこれまた女子、灯(あかり)。
二人は一つの賃貸をルームシェアするルームメイトであり、更に同じ学校に通う専門学生だった。
灯は淡々と冷たい声で言う。
「また何を思いついた――もとい、何を企んでいるのかしら貴女は」
明子が灯の質問に得意げに、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに答える。
「よくぞ聞いてくれました、灯さん! 灯さんは不幸なことに出会いに恵まれず売れ残りのケーキ状態、つ、ま、り、お一人様!」
灯の眉がピクリと動いた。
「ボロクソに言うわね、売れ残りのケーキとはよく言ったもので……貴女はどうなのよ」
灯の声が少し真剣なトーンになる。
「私は自由を貫きこのソロ生活を満喫するからいいの、灯の幸せを考えることにしたの」
「お前は出会いは求めに行かないのか!」
「えーだってちょっと彼氏は欲しいかもしれないけど束縛されるの嫌い……」
「お前はとんだフリーダムガールだなっ!」
「でも現実的に考えても今年のクリスマスリア充するのはもう無理でしょ、そんなこと考えるより自分の自由をエンジョイしているほうが、灯さんは男にモテると思いますよ!」
鼻息荒く力説する明子。
灯は少し納得したように頷く。
「ナンデ敬語? でも、貴女にしては珍しく殊勝な考えだわね、まあいいわ……ところでエンジョイするって具体的に何するつもりなの明子?」
明子は両手を腰に当ててのけぞって言う。
「そりゃ一つに決まっているでしょ!? クリスマスパーティーよ」
◇◇◇
その夕方、二人は近くの総合デパートでクリスマスパーティーの用品を買いあさり、夜には部屋にツリーと飾り付けを施した。
ついでに近くの有名ケーキ店ソリジェのほんとうの意味での売れ残りのケーキも運良く入手、ターキーとワインもゲットして万全の準備だった。
それからプレゼント交換用のプレゼントも二人は用意していた。
買うときだけは別行動でお互い内容はシークレットにした。
「さてプレゼント交換ね中身を開けるわよ、なんだか重いわねこれ……しかも大きい」
灯が期待してなさそうな声で言う。
「ふふふ……開けたら驚くわよ灯! こっちはなんだか軽いわね……しかも薄い」
明子は灯の方を見ながら言う。
「じゃあ、開封しましょうか明子」
「そうね」
二人はそういうとギフト包装を剥がして中身を開けた。
バラバラの中身のはずが、二人が開けたときの感想は一様に同じだった。
それはこんな一言。
「「は? なにこれ?」」
言うタイミングまでピッタリ一緒で二人は固まって互いの顔を見た。
先に文句を言ったのは灯だった。
「ふざけるのも大概にしなさいっ! なにこれ、木彫りの熊って……北海道似でも行ったのか? 正気? お前の頭は単細胞か、こんなの小学生でも喜ばないだろ!」
「それ高いんだよ! クリスマスといえばクマ、クマといえば木彫り! 何が悪いのよ」
「普通にこんな邪魔なもんいらんわっ!どこに飾るんだよ」
「何にその言い分、それに灯こそなに? 脳トレドリルってそんなに頭悪いって言いたいの、嫌味のレベル辛辣~!」
「これでも悩んだのよっ悪いか」
火花が散りそうなにらみ合いのすえ二人はつかみ合い一歩手前で冷静になった。
「やめましょう、私達は今日をエンジョイしようとしているのだから無益な争いは避けましょ」
「ぐっ……そうね」
二人は意気消沈する。
「それより食事を摂りましょ、美味しいターキーもあるし」
「そうだね」
灯の提案に明子が賛成した。
◇◇◇
「ターキーケーキめっちゃ、美味しかった~あとこのワインもなかなかね、私あんまお酒得意じゃないけどジュースみたいに飲めちゃう~」
明子が先程から打って変わって上機嫌な様子で言う。
「そう、良かったわね、でもワインはあまりガブガブ飲まないほうがいいわよ、後の祭りになるからね」
「はーい、ひっく」
しゃっくりしながら顔を赤くする明子。
「本当に大丈夫なのかこいつ……」
「灯ちゃーん何か言った?へへへ」
「いえ、なんにも」
もうすでに怪しい明子を見て灯は不安を隠せなかった。
「明子、そろそろ水でも飲みなさい、私も飲んでいるけどあんたのほうが確実に飲んでいる、自重して」
「え~いいじゃないもうちょっと」
「こいつ完全にできあがっているな」
呆れる灯。
「ところで灯ちゃんはどんな男が好きなの? やっぱイケメン大好きで面食いなのかしら~フフッ……フフッ」
「いいたいことが二、三出てきそうなセリフだけどまあ飲み込んであげる、強いて言うなら誠実な人、真面目な人が良いわ。貴女みたいな雰囲気の男だったら御免被る」
明子はニヤニヤしながら灯に肩を組んで来て言う。
「へーそうなんだ灯ちゃん真面目な人がいいんだ~随分淑女ぶっているんだね、それから私みたいって釣れないな~私灯ちゃんの彼氏代わりでもいいいのに」
「お前は百合希望か! 私はそんな趣味ない、というか淑女ぶっていて何が悪い貞淑な女は時代遅れってか、悪かったなぁ!」
肩で息をする灯にまだ不気味にニヤニヤする明子。
「目を覚ませバカ女!」
あまりに顔が近かったので灯の手による平手が飛んだ。
「いてー!」
その晩、明子は思いも知らなかった。
こんなドタバタの後、翌朝に地獄が待っていることを。
◇◇◇
翌朝。明子はげっそりした顔で灯のいるリビングに現れた。
「あーあ、言わんこっちゃない」
「おはよー灯、最悪な朝ね」
「それはそうね多分」
明子は朝からトイレにこもりっぱなしだった。
慣れない酒をほとんど一人で飲んだためだ。
「あーこの世の終わりよ灯~うっ、トイレ」
「まさにそんな形相ね、もう一回いってらっしやい……その様子じゃ私に絡んできたのも覚えてないようね」
「ええ、うう~」
明子は口を抑えて顔面蒼白でトイレに駆け込んだ。
「やれやれ、私はお酒いし調整していたから良いけどバカが調子乗るとすぐこれね」
「灯ちゃんの鬼畜~」
離れた場所から明子の半泣きの声が聞こえる。
「やれやれ」
灯はスマホをいじり始めた。
しばらく画面を見ていると昨日のパーティーの書き込みをSNSに投稿したところに反応があった。
『同じクラスの小林です素敵ですね今度お茶でもしませんか』
固まる灯。
「まあ少し気が向いたあらあのバカの介抱でもしてやるか」
スマホをテーブルに置き、明子のもとに行く。
「明子―、大丈夫かー」
「助けて灯ちゃ~ん」
何でもない休日が今日も始まる。